【ツレが産後ウツになりまして】第2回:地獄!義父母との1か月間共同生活<後編>

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3年の不妊治療、2度の流産を乗り越え、42歳にやっと授かった男の子。

そして始まった、赤ちゃんのお世話のためにやってきた、義父母との1ケ月間共同生活。

自身の妊活奮闘記を綴った『俺たち妊活部』が好評の著者・村橋ゴローが「地獄だった」と語る、義父母との共同生活の実態と夫婦の危機、最愛の妻が産後ウツになっていくリアルな産後ライフをお伝えします。

 

「わが子を抱かせてもらえない」という地獄

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別に育児に参加したくなかったわけではない。いや、むしろ逆に、どんどんと参加したかった。しかし叶わなかった。

というのも赤ちゃんが「おぎゃー」と泣き出せば、抱いてあやしたいのだが、義母がぴゅーっと横から出てきて赤ちゃんを取り上げてしまうのだ。

おしめを替えるときも、ミルクをあげるときも、オカンが出てきて僕は抱けもしない。

まるでビーチフラッグで、「よーい、ドン」でダッシュするのだがすんでのところで赤ちゃんというフラッグを奪われてしまう、そんな感じだった。

実は義父母は40数年前、長男を3日で亡くした。そのため、孫の世話にもどこか執念を感じる。僕のことなど知ったこっちゃない、というのも仕方がないと言えば仕方がないのかもしれない。

じゃあ地味ながら他の仕事で参加しますよと、台所でほ乳瓶の消毒をしていると、そのカウンターキッチンの小窓から見えるのが、赤ちゃんを中心にした妻と義両親の笑顔の団らん。

「もう、一体何なんだよ!」

いや、今は耐える時期なんだ! 義両親の前での僕の役割は、「おどけ」だったじゃないか! ピエロに徹しようと冗談を言うも、スルー。あるいは無視……。

そんな日が繰り返され、疎外感を強く感じた僕は、あまり自分の家に寄り付かなくなった。

 

さらに深まる義父母との溝

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原稿のある日は「集中したいから」と、義両親のために借りた近所のウイークリーマンションに隠れ、仕事がオフの日は息苦しい雰囲気に耐え兼ね「打ち合わせと取材に行ってくる」とウソを言い、日がな虚しく自転車で街を徘徊した。

つまり日中はまったく家に寄り付かず、義両親がウイークリーマンションに帰るころを見計らって帰宅する毎日が続いた。

義理の息子からこんな態度を取られたら、向こうだって態度を堅くさせるのは当然である。

こうして両者の溝は、どんどんと深まっていった。

さて夜8時に自宅に戻り、やっと得た妻と赤ちゃんとの親子水入らずの時間が心を安堵させたかというと、そうではなかった。家に帰ると、今度は妻から冷たい言葉を浴びた。

「いつまで甘えているんだ」

「いつ変わるんだ。私は結婚して10年、何も言わず我慢してきた」

今まで見たことのない、妻のどぎつい顔。怖かった。

ライターという仕事に就いて以来、20年間続けてきた昼夜逆転の生活。子どもが生まれ、このままでいいなんて僕も思っていない。ただ、みんなからワアワア言われて意固地になっていたのだ。

実はこの日も、わざと10時半まで寝ていた。ケンカを売っていたのは、完全に俺だ。

……とここまで書いて、本当に恥ずかしくなってきた。当時の俺は、こんなにもガキだったのかと。

 

初めて知った、妻の苦悩

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日中、オトンとオカンは僕への不満や嫌味を妻に吐き出していたに違いない。そして妻は僕を想い、必死に反論してくれていたのだろう。

41歳での初産、ただでさえ育児に疲れ切っているのに、余計な心配と火種を僕が量産していたのだ。

これを、変われるチャンスととらえろ。変わるなら、今が最後のチャンスだ。

翌日から生活態度を改め、馬鹿な振りしてオトンオカンにどんどんとコミュニーションを取るようになった。

巨人ファンであるオトンのため、神宮球場のナイターに誘い、ふたりで出かけたこともあった。

俺は子どものお兄ちゃんから、父親になるんだ。そう思わせてくれたのは、他ならないわが子だった。小さな命が、変わる勇気をくれたのだ。

そして……外に逃げることをやめ、日中も家で過ごすようになり、がく然とした。妻が、昼も夜も、一日中泣いているのだ。知らなかった。

妻は、母乳の出がひどく悪かったのだ。

そう、僕は多くの母親が悩む“産後特有の悩み”にその時ようやく初めて直面した。

わが子の誕生に素直に喜んでいられるのはほんの束の間であり、母親となった女性の精神的・身体的な負担は想像以上に大きかった。

次号、「おっぱいが出ない!沈みゆく妻<前編>」をお送りします。

 

 

 

 

【著者略歴】

※ 村橋ゴロー・・・72年、東京都出身。大学生のときライターデビュー。以降、男性誌から女性誌、学年誌など幅広い分野で活躍。千原ジュニア、田村淳、タカアンドトシ、次長課長、高橋克典など多くの芸人、俳優陣の連載構成を手掛ける。3年に及ぶ、自身の不妊治療奮闘記をまとめた著作『俺たち妊活部』(主婦の友社刊)が好評を博す。また主な構成/著作に、『すなわち、便所は宇宙である』シリーズ(千原ジュニア著・扶桑社刊)、累計200万部突破した『GO!GO!バカ画像シリーズ』、『裏モテの秘策』(ともにKKベストセラーズ刊)などがある。結婚以来11年間、炊事・洗濯・掃除をこなす兼業主夫でもある。Twitter:@muragoro

【参考・画像】

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※ 村橋ゴロー(2016)『俺たち妊活部』(主婦の友社)

※ Zhoozha, /Shutterstock

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(2016年6月17日の記事を再掲載しています)

 

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