【ゴローパパの泣き笑い育児】#05 最悪!「お宮参り」「お食い初め」体験記

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   自身の不妊治療奮闘記を綴った『俺たち妊活部』の著者で、妻の壮絶な産後ウツを経験した村橋ゴローが、わが子(愛称グラ太)の育児に日々奮闘し、パパとなっていく育児連載シリーズ『ゴローパパの泣き笑い育児』をお届けします。

前回は可愛いわが子の“顔面偏差値”問題についてお届けしましたが、第5回は生まれてすぐの一大イベントとも言える「お食い初め」と「お宮参り」にまつわる体験記をお届けします!

 

◆◇ゴロー一家のプロフィール◇◆

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Illustrated by It Mama

 

■義父母にとっての最大イベント「お宮参り」

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子どもが産まれてしばらくすると、古くからの儀式・しきたりがやって来る。その代表的なものが、生後1ヶ月を記念しての「お宮参り」と、生後100日の「お食い初め」だろう。幸せに満ちたこれらのならわしは、僕にとっては苦痛でしかなかった。

生後1ヶ月間、グラ太の世話にやって来た義父母と共同生活をしていた。つまり、お宮参りをして田舎に帰る義父母にとって、それは唯一にして最大のイベントだったのだ。しかし僕の心は晴れなかった。

実は、妻りえにはお兄ちゃんがいた。「いた」と過去形で言うのも、生後3日で亡くなってしまったからだ。だから義父母にとって、娘にできたグラ太という男の子は、亡くした息子の“生まれ変わり”だったのかもしれない。

だからこそグラ太の世話は、もう真剣だった。はたから見るとある意味、憑りつかれているかのようだった。それゆえ僕はグラ太を抱かせてもらうことが、ほぼ1ヶ月なかった。

 

僕の言い分は「グラ太を盗りやがって」

 

義父母、特に義母の言い分は「あんな頼りない人にグラ太の育児は任せられない」。

たぶん、そう思っていたのだろう。

 

こんなふうに根本的な信頼関係がなかったので、1ヶ月の共同生活は、まあ苦痛だった。迎えた、お宮参り。んなもの、楽しいわけがない。レンタルした衣装に着替えたかわいいグラ太をお宮参りする中、ついぞ僕が抱っこすることなく、彼は義母の手の中でずっと抱かれたまま、この儀式が終わった。

 

それでも義父母がこのイベントをどれだけ楽しみにしていたかは、わかる。だから「そういうものだ」「ジジババのためのイベントだ」とお経のように唱え、我慢するしかなかった。

 

 

■好き放題にやるわが母親と「お食い初め」

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それから約2ヶ月経ったころ、今度は「お食い初め」がやって来た。義父母は田舎に帰っていたので、僕のオフクロが参加することに。

このころグラ太がアトピー性皮膚炎であることが発覚し、僕とりえの心に大きな影を落とした。母乳とミルクの半々で育てていたため、りえは食事制限という苦行が始まった。

乳製品・小麦粉・大豆類・イモ類・卵、全部ダメ。食べることがまったく楽しめない時期に、お食い初め。僕にとってお宮参り以上に、どうでもいい行事となった。

しかしオフクロだけはヤル気満々だった。

彼女は昔の人間のなかでも特にこういった風習が大好きだったし、村橋家にとっての初の男孫だったためグラ太と遊びたくて仕方なかろう。

そのため「手ぶらで来てね」と電話し、快く迎えることにした。そして、当日。

 

「グラ太ちゃん、おばあちゃんですよ~」

 

しかしオフクロの両手には、風呂敷に包まれた四角い何かがあった。風呂敷を自慢げにオフクロが解くと、それはどこぞの百貨店で買ったであろう、鯛のお頭付きも入ったお食い初めお重4箱だった。

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「手ぶらで来いって言ったじゃねえか!」

 

声を荒げてしまった。

「手ぶらで来て」には、ふたつの理由があった。

 

年老いても経済的にカツカツの生活を続けるオフクロに負担をかけたくなったのが、ひとつ。ふたつ目は、この豪華な料理だ。

オフクロは「かわいい孫のために豪華なお食い初めを」と考えたのだろうが、こっちは絶賛食事制限中である。

グラ太はまだおっぱいしか飲めないから「あーん」と、食べる振りだけで済む。でもかわいそうなのは、りえちゃんだ。何も食えない状況だからこそ、豪勢な料理など持って来られては困る。だからこその「手ぶらでお願い」だったのだ。

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「りえは何も食えないんだよっ! やりたいことだけやるんじゃなくて、少しはこっちの状況も考えてくれよ!!」

 

2ヶ月前のお宮参りでは、義父母ゆえ言いたいことも言わずグッと我慢していたが、今回は実の母親ということで、つい大きな声で文句を言ってしまった。そしてオフクロを恥じた。りえのことも考えず好き放題にやるわが母親を恥じた。

 

 

■それぞれの愛

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その夜、りえにこう言われた。

「でもトッコちゃんはグラ太のアトピーもアタシの食事制限のこともよくわかってなかったんだし。だからダメよ、自分の母親にあんなこと言ったら」

 

そして、こうつけくわえた。

「アタシのこと守ろうとして、あんなこと言ってくれたんでしょ? ありがと」

 

僕は自分の母親を恥じたということを、恥じた。義父母もオフクロも、誰も悪くなんてない。ただみんな、グラ太のことを一生懸命想ってくれているだけなんだ。それをすべて自分の立場だけで判断している、俺が悪いんだ。

 

いま思えば、お宮参りもお食い初めも「苦い思い出」になってよかったと思っている。ぶつかり合うことで義父母やオフクロの思い、そして感謝を思い出させてくれたし、何より至らぬ自分を反省する機会を与えてくれた。

 

ぶつかり合うことはあるけど、その発信源はすべてそれぞれの愛。それら愛を一身に浴び、グラ太は大きくなっていく。

(村橋ゴロー)

 

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【著者略歴】

※ 村橋ゴロー・・・72年、東京都出身。大学生のときライターデビュー。以降、男性誌から女性誌、学年誌など幅広い分野で活躍。千原ジュニア、田村淳、タカアンドトシ、次長課長、高橋克典など多くの芸人、俳優陣の連載構成を手掛ける。3年に及ぶ、自身の不妊治療奮闘記をまとめた著作『俺たち妊活部』(主婦の友社刊)が好評を博す。また主な構成/著作に、『すなわち、便所は宇宙である』シリーズ(千原ジュニア著・扶桑社刊)、累計200万部突破した『GO!GO!バカ画像シリーズ』、『裏モテの秘策』(ともにKKベストセラーズ刊)などがある。結婚以来11年間、炊事・洗濯・掃除をこなす兼業主夫でもある。

 

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