【ツレが産後ウツになりまして】最終回:夫婦で泣いた、断乳の夜

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子どもが母親になつかない(『赤ちゃんが妻だけになつかない』)という深刻な問題に直面し、それと同時にアレルギー問題や夜泣き(『アトピー性皮膚炎との闘い・除去食の日々<後編>』)といった問題と向き合い続けた日々。

そんな長く辛い日々にも夜明けがある。

自身の不妊治療奮闘記を綴った『俺たち妊活部』の著者・村橋ゴローが見た、最愛の妻が産後ウツになっていく……壮絶な産後育児の結末をお伝えします。

 

■「赤ちゃんが妻だけになつかない」は一体何だったのか?

赤ちゃんが生まれてから7ヶ月が経った頃だった。

打ち合わせが思いのほか手こずり、家に戻ったのがすでに夕方の6時。そのため僕の当番であるはずの夕飯づくりを、珍しく妻がやっていた。僕はひとりソファに腰かけ、ぼんやりとキッチンを見やる。

 

あれは一体、何だったのだろうか?

赤ちゃんが妻だけになつかず、妻が抱く度に耳をつんざく勢いでチビは泣いていた。いまキッチンで味噌汁をつくる妻の足元には、ハイハイを覚えた赤ちゃんが「ママ、ママ」とばかりに離れようとしない。

 

「ちょっといま、お夕飯つくってるから抱っこできないのよ、ごめんね。ねえ、ちょっと替わってー!」

最後に僕に呼びかけ、赤ちゃんを寄こした。僕が抱っこしてあやそうとすると、泣き出してしまった。

「もう~、そんなにママのほうがいいの?」

 

本当にあれは何だったのだろうか?

 

 

■きれいな「赤ちゃん肌」を取り戻したわが子

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子どもが産まれてから、妻が産後ウツにかかり、それが明けるまでの3ヶ月間。本当にこの子は、ずっと一生泣いて過ごすのではないか、と本気で思っていた。ハイハイするまで成長するなんて信じられなかった。

風の噂によると、このあとこの子は言葉を喋り、スタスタと歩き出すらしい。そちらのほうは、さすがにまだ信じられない。まあいつかはそうなるのだろうけど、過酷な育児の只中にいると、時間は永遠にこのままで、時計の針は進んでいかないのではないかという錯覚に襲われるからだ。

 

食卓には僕の大好物の鶏のタツタ焼き、お刺身、サラダと味噌汁が並べられた。

 

生後1ヶ月で子どもにアトピーの疑いがあると診断された。母乳で育てていたため、以来妻は、卵・小麦粉・大豆類・乳製品・イモ類の除去食を余儀なくされた。子どものほっぺは真っ赤に腫れ上がれ、僕は赤ちゃんと外出しても人の目に触れさせることを恐れた。

 

それが治療を進めるうちに「卵アレルギーのみ」であることが判明し、この日のように小麦粉と乳製品、大豆たっぷりの料理も食べられるようになった。ステロイドのあまりの効き目にビビってはいるものの、赤ちゃんのほっぺにもはや腫れものはなく、いわゆるきれいな“赤ちゃん肌”を取り戻した。

 

本当にあれは何だったのだろうか?

 

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